七尾与史の「偶然屋」は軽くて過激なブラックユーモアミステリー!

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先日、五十嵐貴久さんの「1981年のスワンソング」を私に紹介してくれた読書家である会社の上司が「面白い作品を読んだ」と、また本を貸してくれました。

それが、七尾与史(ななおよし)さんの「偶然屋」。

「運命だと思っていた出来事は実はすべて仕組まれていたのかもしれない!?」と思わせるブラックユーモアに富んだミステリーです。

偶然を装って仕組まれた出来事に人々が洗脳され争いを始める姿が恐ろしく、かなりの問題作でもあるこの作品。

タイトルや装丁だけを見ると軽いテンポで語られるエンタメ小説かと思いきや、意外にも過激な内容で度肝を抜かれます。

気心の知れた上司からオススメされた本ですが、癖が強いので好き嫌いがはっきりと分かれるかも……!?

今回は、ブラックユーモアミステリーの名手・七尾与史さんが贈る予測不能の長編ミステリー「偶然屋」のブックレビューをお届けします。

アクシデント・ディレクターとして“偶然”を演出!

弁護士試験に挫折して就職活動に四苦八苦する水氷里美(みずごおりさとみ)はある日、電信柱に貼られた「オフィス油炭(ゆずみ)」の求人広告を見つけます。

うまくいかない就職活動に焦りを感じ、藁にもすがる思いでオフィス油炭に連絡をすると、面接会場に指定されたのはなんと錦糸町のパチンコ屋!?

「真ん中の列の席で待つように」との指示のため適当な座席に座り、何もせずに居座るわけにもいかず客のフリをしてパチンコを打っているとまさかの大フィーバー!

そのまま面接のことは忘れパチンコを楽しむ里美でしたが、実はそれは「運も実力」として求められるオフィス油炭(通称“偶然屋”)の入社試験でした。

無事に試験をクリアしてオフィス油炭に入社した里美は“アクシデント・ディレクター”という聞きなれない職に就くことに。

その仕事内容は、様々な出来事を意図的に計算して「偶然」を演出すること。

偶然を装って隣人の引越しを促したり、偶然の出会いをプロデュースしたり……。

悪戦苦闘しながらもアクシデント・ディレクターの仕事をこなしていった里美は、いつしか偶然の出来事から悪魔のような男と出会い、やがて戦い始めます。

出会いと別れ、栄光と挫折、生と死を描いた予測不能のブラックユーモアミステリーです。

ブラックユーモア炸裂の問題作!?

「偶然屋」は軽いノリで描かれるエンタメ小説かと思いきや、サイコパスが登場する闇深い作品です。

このサイコパスの描写が結構エグい……!

例えば、学生時代からエリートコースを突き進むサイコパスの彼は、教育実習の際に受け持った中学生の生徒を成績で区切り“ユウ族”と“レツ族”に分ける実験を行います。

成績優秀な上位15人をユウ族とし特権を与え、16位以下のレツ族には「ユウ族の代わりに掃除をする」「ユウ族には敬語を使う」などのルールを課すと、やがてユウ族は成績が劣るレツ族を虐げるように……。

この実験は実際にルワンダという国で行われた虐殺事件を模しています。

ルワンダ虐殺事件を彷彿とさせる教育実習

ルワンダではもともと種族の区別はありませんでしたが、統治国家として介入したベルギーが“ツチ族”と“フツ族”に分け、IDまで発行しました。

ヨーロッパ顔のツチ族は国策として優遇され、少数派のフツ族は奴隷として扱われるようになります。

そんなある日、大統領の航空機事故をきっかけに国民同士が殺しあいを始め、当時の人口のおよそ70%を超える100万人以上の犠牲者が出るジェノサイドへと発展しました。

通称「ルワンダ虐殺」と呼ばれるこの事件は、1990年代前半に実際に現実世界で起きたことです。

「偶然屋」では、ルワンダ虐殺のきっかけとなる“元々はなかった区別や差別”を中学生の教育実習で模倣するというサイコっぷりを描きます。

正直かなり怖いですね。

「この物語は一体どうなってしまうの?」という先の見えないハラハラドキドキのストーリーがページをどんどん捲らせる“麻薬”のような中毒性を感じる作品です。

軽い文章やハチャメチャ設定、後味の悪さは好き嫌いが分かれそう!

「偶然屋」は好き嫌いがはっきりと分かれそうな作品です。

正直に言うと、私も「イマイチだな」と感じる点がいくつかあります。
文章が全体的に軽く、リアリティがないところがあるからです。

例えば、主人公の里美の口癖は「ファック!!」なのですが、まずこれが好きではないなと。

この口癖のせいで主人公の魅力が半減しています。

登場人物の名前も読みにくく、「水氷(みずごおり)」や「油炭(ゆずみ)」という馴染みのなさに違和感を感じてしまうほど。

2人の名前を合わせて「水と油」「氷炭相容れず」を文字っているのはわかりますが、違和感のある名前は読みにくくて苦手です。

また、超人的に強い女子中学生がボディーガードのようなアルバイトをしていたり、普通なら絶対に死ぬだろうという爆発事故が起きてもへっちゃらだったり……。

現実を意識したリアル感とアニメのようなハチャメチャ設定がごちゃ混ぜで、いまいち物語に没入することができませんでした。

ノワールやハードボイルド好きにオススメ!

この作品と似たような作風で思いつくのは伊坂幸太郎さんですが、伊坂作品は物語の骨組みが抜群に良くてハチャメチャ設定でも納得させられますが、「偶然屋」ではそこまでのレベルには達していません。

しかし、サイコパスの存在はかなり過激で印象的なので、ノワール(犯罪小説)やハードボイルドが好きな方は楽しめると思います。

個人的に強い思い入れは抱けませんでしたが、続きが気になりページを捲らせるパワーのある作品です。

400ページ超えの長編にもかかわらずあっという間に読んでしまったことを考えると、文句を言いながらも充分に楽しんでいますよね(笑)。

しっくりこない部分とのめり込んでいく部分もごちゃ混ぜで、めまぐるしいことこの上ない作品でした。

意外と癖になるかもしれません!

まとめ

“偶然”を意図的に作り出しプロデュースする「偶然屋」は、軽いエンタメ小説かと思いきやサイコパスが登場する問題作です。

平然と行われる様々な悪事が正直怖すぎる内容ですが、先が気になりページをどんどん捲らせます。

個人的にはイマイチだと感じる点はあるものの、ニッチなジャンルに攻め込んできた作品のため楽しく読むことができました。

人生のすべてに“裏がある”という恐ろしさを体験できる、ブラックユーモアに富んだミステリー。

もしかしたらこの本を手に取ったことも仕組まれた“偶然”だったのかも……!?