今回紹介する本は辻村深月さんが脚本を手がけた映画ドラえもんの書き下ろし長編「のび太の月面探査記」です。
辻村深月さんといえばドラえもんを愛する作家として知られ、著書の「凍りのくじら」ではストーリーのいたるところにドラえもんのひみつ道具が登場しました。
「凍りのくじら」は私が今まで読んだ数多くの本の中で1番好きな作品です。
その為、本屋で辻村深月さんの新作を見つけ、しかもドラえもんの書き下ろし長編だなんて文字を見たときは思わず興奮してしまいました。
しかし、期待が高まり過ぎた状態で読み始めてすぐに「大人になってから読むドラえもんを素直に楽しめるだろうか」という不安がよぎります。
序盤、やはりアラフォーには「映画ドラえもん」は厳しいかと挫けそうになりましたが、中盤から終盤にかけてはいつの間にか物語にのめり込んでいきました。
「映画ドラえもん」を観ているかのような懐かしさを感じ童心に返った気持ちです。
また、ストーリーが意外と奥深く考えさせられた一面も……。
今回は、辻村深月さんの「のび太の月面探査記」のブックレビューをお届けします。
『異説クラブメンバーズバッチ』で作り出された生命豊かな月世界!
ある日「月面探査機が謎の白い影を捉え、その後映像が途絶える」というニュースが流れ、のび太が通う学校でもその話題で持ちきりに。
「月面人がいる」「たまたま写り込んだホコリだ」「いややっぱり幽霊の仕業だ」と和気藹々と皆が語る中、のび太は「あれは月のウサギだ!」と自信満々に言い放ちます。
「月にウサギなんているわけがない」と皆に笑われ、バカにされたのび太はドラえもんに泣きつきますが、真剣に聞いてくれると思っていたドラえもんにまで笑われる始末。
すっかり拗ねたのび太を慰める為にドラえもんが四次元ポケットから取り出したるは、『異説クラブメンバーズバッチ』というひみつ道具。
それはマイクに呼びかけた世の中にある“異説”をバッチをつけた者にだけ実現させるもの。
「月にはウサギがいる」とマイクに吹き込めば、バッチをつけた者にだけそれが真実となり世界が変わる不思議な道具。
「バカにしたジャイアンやスネ夫たちを見返してやる!」と、のび太は意気揚々と月の裏側にウサギ王国を作り始めます。
ドラえもんたちと月世界の大冒険!
ついにウサギ王国を完成させたのび太とドラえもんはジャイアン、スネ夫、しずかちゃんを月世界へ招待します。
そこへやってきたのは季節外れの転校生のルカ。
いつも帽子を被っている少し不思議な男の子。
「月に興味がある」というルカも、のび太たちと一緒に月世界へ向かうことになりました。
しかし、ルカはただの転校生ではなく大きな秘密を抱えていたのです……!
“異説”と“現実”が混ざり合った月世界で繰り広げられる月に住む種族の自由を賭けた戦い。
のび太とルカの友情を描いた大冒険がはじまります!
序盤は微妙に感じたがどんどん引き込まれる!
冒頭にも書きましたが、私は辻村深月さんの「凍りのくじら」の大ファンなので、本屋でこの本を見た瞬間に興奮してものすごいハードルが上がりました。
読むのが楽しみすぎて一晩で読んでしまいましたが、読み始め100ページくらいは物語に入り込めなくて「ハードルを上げ過ぎてしまった……」というのが正直な感想です。
面白くないというのは語弊があるかもしれませんが、「対象年齢が合わないのかも……?」というギャップを感じてしまいました。
いくら辻村深月さんの作品であっても、やはり今年36歳のアラフォーに片足突っ込んだ半分以上おっさんの私には「映画ドラえもん」は厳しかったかと……。
しかし、中盤から終盤にかけてはいつの間にか物語にのめり込んでいきました。
序盤では笑うべきところで笑えない自分が気になっていましたが、中盤以降は素直に笑え、童心に返ったような気持ちです。
物語が意外な展開だったのも引き込まれた要因の1つで、子供だけでなく大人も楽しめます。
総じて「やっぱりドラえもんっていいな」と感じることができる作品でした。
「ドラえもん」を活字で読む新鮮さ!
この作品を読んで良かった点は、まさにドラえもんで繰り広げられる情景が眼に浮かぶこと。
- のび太が先生に怒鳴られて廊下に立たされるところ
- のび太がドラえもんに泣きつく「ドラえもーん」というセリフ
- ドラえもんが慌てふためき四次元ポケットから道具を撒き散らしながら探すシーン
活字がまるでアニメのようでした!
しっかりとドラえもんの世界観が表現されており、活字で読む新鮮さとお決まりの安心感がマッチしています。
しかし、お決まりの流れはあるものの、ストーリーは意外と奥深く設定が難しいところも。
時間の限られるアニメや映画と違い、小説では物語の詳細な背景が描かれるので、2019年3月1日から公開される「映画ドラえもん」を観る予定の方は、原作を読んでからの方がわかりやすいかもしれません。
ちなみに、今回紹介した“文芸書版”の他に活字にルビが振ってある“ジュニア版”も出版されており、ジュブナイル小説(児童文学)として子供が本を読むきっかけにもなればいいですね。
「映画ドラえもん」の考えさせられる奥深さ
私の個人的な意見ですが、昔の「映画ドラえもん」は結構怖くありませんでしたか?
ドラえもんが壊されたり、のび太が死んでしまったり、夢と現実がわからなくなるようなラストがあったり。
「のび太の魔界大冒険」では、逃げ惑うドラえもんとのび太がメデューサに石化されて後ろで雷が光るシーンなんて今でも眼に焼き付いておりトラウマものです。
ストーリーも奥が深くて「本当に子供向け!?」と考えさせられる作品が多くありました。
現代の子供向けアニメ映画では過激な描写は難しいと思いますが、今回の「のび太の月面探査記」の内容は奥が深く、戦争や支配、欲望といったキーワードが思いつく作品です。
子供の笑顔だけを追求したアニメ映画ではなく考えさせられる一面を持つという点で、昔の「映画ドラえもん」の世界観も踏襲しているように感じました。
著者の辻村深月さんは本当にドラえもんが好きなんだろうなと伝わってきます。
扉絵が『どこでもドア』で遊び心を感じる!
表紙と見返し(何も書いていない遊びのページ)をめくった次のページを通称“扉(とびら)”というのですが、「のび太の月面探査記」の“扉”は『どこでもドア』です。
しかも写真のようにちゃんとドアが開きます。
この扉絵は遊び心が感じられてとても好感が持てました。
(ドアを開けるときに破けないように少し注意が必要です笑)
エンボスやラメのような加工がされた装丁はたまに見かけますが、このような仕掛け絵本のような扉は見たことがありません。
このユニークでユーモア溢れる扉絵は、なんだか不二子・F・不二雄さんっぽくてとてもいいですね!
まとめ
映画ドラえもんの書き下ろし長編「のび太の月面探査記」は、子供向けアニメ映画の原作でありながら大人も楽しめる作品です。
序盤に「対象年齢が合わないかも?」という気後れを感じたものの、中盤から後半にかけてのめり込むことができました。
心の中にドラえもんが染みついていることを改めて感じ、「ドラえもんはやっぱりいいな」と童心に返ることができます。
またこの作品は、直木賞作家が描くジュブナイル小説という観点でも楽しめます。
活字で読むドラえもんはとても新鮮ですよ。
「映画ドラえもん のび太の月面探査記」は2019年3月1日から全国ロードショーにて上映します!
直木賞作家が描くドラえもんを子供と一緒に楽しむのもいいですね!