私は本屋で新刊を見かけたら必ず購入すると決めている作家が何人かいます。
その1人が本多孝好さんです。
2000年に「このミステリーがすごい!」のランキングにトップ10入りした「MISSING」を読んで好きになり、今まで出版された作品はすべて蔵書に入れています。
中でも好きな作品は「FINEDAYS」「MOMENT」「真夜中の5分前」などですが、どの作品も文章の雰囲気が独特で言い回しが面白く、著者名を伏せて読んだとしても本多孝好さんの本だと気付けるような作風です。
先日本屋に行ったところ、本多孝好さんの新刊が2巻同時に並べられていたので早速購入し、あっという間に読み終わりました。
この作品は山田孝之さん、菅田将暉さん主演のテレビドラマ「dele(ディーリー)」のオリジナル小説版で、ドラマの為に小説が作られるという通常のメディア化の流れとは逆の方法で作られた今までにないミステリー小説です。
今回は本多孝好さんの「dele」と「dele2」のブックレビューをお届けします。
“記憶”と“記録”を巡る心震わすミステリー
「dele.LIFE(ディーリー・ドット・ライフ)」は、依頼人が死んだあと誰にも見られたくないデータをその人に代わってデジタルデバイスから削除することを請け負う会社。
依頼人が指定した期間パソコンや携帯電話が操作されずに時間が過ぎると、所長の圭司(けいし)が持つパソコンに信号が送られ、デジタルデバイスを遠隔操作してデータの削除を行います。
しかし、本当に死亡したのか、もしくは何らかの理由があって操作が遅れただけなのかを調べるために“死亡確認”を行う必要があります。
そこで、圭司の指示を受け、依頼人の“死亡確認”をするのが「dele.LIFE」唯一の所員である祐太郎(ゆうたろう)の仕事。
無愛想で冷徹な発言も厭わない圭司は仕事を完璧にこなしますが、足が不自由なため車椅子での生活を送っており、自分にはできない「足を使う仕事」を祐太郎に任せています。
「dele.LIFE」に入所するまでの祐太郎は『フリーランスのガキの使い』を自称して、法的にグレーゾーンの仕事に慣れ親しんでいましたが、根は優しく人情味のある性格。
依頼されたデータに興味を持たず淡々と削除していく圭司と、遺された者が救われるデータがあるかもしれないと無闇に削除していくことに割り切れなさを感じる祐太郎。
圭司と祐太郎は人柄や性格が正反対なだけでなく、過ごしてきた人生やそれぞれが持つ価値観も対極です。
そんな異色のコンビが、依頼人の秘密のデータを覗いてしまったことをきっかけに思わぬ事件に直面していきます。
死にゆくものが依頼に込めた想いとは何なのか。
遺された者の胸に残る儚い記憶と、死んでなお残り続ける記録をめぐる、心震わすミステリーです。
「死」がテーマでありながら読後感は悪くない本多孝好らしい作風
「dele(ディーリー)」は、まさにテレビドラマを見ているかのような1話完結の連作短編集です。
全8話ありそれぞれストーリーが異なるため、飽きることなく読み進めることができます。
読みやすい軽やかな文章、テンポの良い会話、嫌味に感じない皮肉っぽい表現、ユニークな言い回しなど、本多孝好さんらしさが随所に感じられる作品です。
私の中では本多孝好さんに対するハードルが上がっているので、「想像以上に面白かった!」とまでは感じませんでしたが、「面白い本が読みたい」という期待にはしっかりと応えてくれました。
名探偵が事件を解決するような昔ながらのミステリーとは雰囲気が異なり、人が死ぬことが前提の作品でありながら読後感は決して悪くありません。
「死」がひとつのテーマのため全体的に陰鬱な雰囲気があり、救われない人物も登場しますが、思わずクスリと笑ってしまうようなおかしみの込められたシーンや、心を震わす人間ドラマも垣間見れ、この物語の味になっています。
性格も境遇も全く異なる圭司と祐太郎ですが、お互いが影響し変わりながら友情を築いていく過程は読んでいて気持ちが良く、2人の関係が今後どのように変化していくのか気になる展開。
この2巻ではまだ完結しておらず、続編を待ち遠しく感じます。
読者層や年齢層を広げようとする強い想いを感じる
本多孝好さんは若者から支持を集めている作家ですが、「dele」は扱うテーマが「生と死」であったり、ドラマ化前提で作られていることもあり、ターゲットの年齢層を高めに設定しているように感じます。
比較的新しい著書の「ストレイヤーズ・クロニクル」では、随所に挿絵が描かれたライトノベル風の作品で、内容も少年マンガのような“特殊能力者のバトルもの”だったので余計にそう感じるのかもしれません。
また、「正義のミカタ」という作品では、究極のいじめられっ子である主人公が「正義の味方研究部」に入部して悪を正すという“青春学園もの”ですが、今までにないほどのコミカルなタッチが印象的でした。
このように、伝えたいテーマによって作風に変化をつけて「これまでとは異なる読者層や年齢層にも響く作品作りをしよう」という強い想いを感じます。
それでも“本多孝好さんらしさ”はどの作品にも健在で、ファンの心を鷲掴みにしています。
実際に私は「ストレイヤーズ・クロニクル」はあまり好きな作品ではありませんでしたが、それでも続編は読みますし、新しいタイトルが出れば嬉しくて必ず購入するほどです。
ストレイヤーズクロニクルact2面白くなかった…!
— ユウ (@sutekinayokan) 2013年1月21日
こんな辛口なツイートをしていても大ファンです。
サイン本も持ってます!
今回の「dele」の場合、今までにないほど重苦しい雰囲気ではありますが、その作風の変化に対する取り組みは私的には好みでした!
「死」というテーマがただ重苦しいだけでなく、「生」の部分にもスポットが当てられているため、希望を感じます。
物語が転調していく構成や、伏線回収も読み応えがある作品です。
生と死について考えさせられる
本多孝好さんの作品のもう1つの特徴は、ライトノベルのような軽やかさを持ちながら、考えさせられるテーマがあることです。
今回の作品では「生と死」について考えさせられます。
人が死ぬと記憶はなくなっていきます。
死んだ本人の記憶は死と同時になくなるのはもちろんですが、遺された者の記憶も時間と共に薄れていきます。
私は友人を何人か亡くしていますが、人によっては全く思い出すことはありません。
あんなに泣いたのに、いつの出来事だったのかも曖昧です。
一方、記録(データ)は人が死んでも残り続けます。
亡くなった友人のSNSのページは今でも消えることなく存在し、当時書かれた日記を読むことも、写真を見ることも可能です。
その人が所有していたパソコンや携帯電話などのデジタルデバイスを覗けば、さらに詳細な個人情報や秘密さえも見ることができます。
自分が死んだあと、残り続けるデータを削除したいと願う理由は、一体どんなものでしょうか。
自分のためか、遺された者のためか。
この作品の中で死にゆく者が依頼する理由は、一見するとただの保身です。
しかし事実が明らかになるにつれ、その裏側には遺された者への優しさや愛情、けじめや未練など様々な想いが垣間見れ、読んだ人の心にぐっと残ります。
テレビドラマの原案・脚本が先行して作られた今までにない作品
2018年7月に放送された山田孝之、菅田将暉主演の連続テレビドラマ「dele」の原案・脚本を本多孝好さんが手がけました。
小説執筆前の2016年に主人公2人のキャストが決められ、その時から山田孝之さんと菅田将暉さんに出演をオファーし、この2人を想定して小説が作られたというのです。
小説のキャラクターを実際にキャスティングしてから物語が作られるなんて、普通では考えられません。
そのドラマ脚本のオリジナル小説版が本作品で、ドラマありき、キャストありきで作られた今までにない作品となっています。
さらに、ドラマでは山田孝之さん演じる圭司の視点、小説では菅田将暉さん演じる祐太郎の視点で物語が進められる演出もなかなか考えられたもの。
ドラマと小説の両方を別の視点で楽しむことができます。
小説とテレビの新しい可能性を感じさせてくれる
メディア化ありきで執筆前に主人公のキャストが決められるという新しいこのスタイルは、作家である金城一紀さんとKADOKAWAによる「PAGE-TURNER」というプロジェクトによるもの。
金城一紀さんは私の好きな作家でもありますが、いつの間にこんな凄いことを始めていたのでしょうか。驚きました!
「出版不況」と言われる本業界と「テレビ離れ」が叫ばれるテレビ業界。
「dele」は、そんな厳しい業界の新しい可能性を感じさせてくれる作品です。
メディア化した際にキャラクターイメージにギャップができる訳もなく、ドラマの完成度も必然的に高まるはず……!
そしてなんと言っても、連続ドラマが作家の新しい発表の場になることは、作家が活躍できるフィールドが広がる喜ばしいことです。
私は1人暮らしをしていた5年間テレビを持っていなかったほど普段テレビを見ませんが、このドラマには興味があります。
そんな経験も生まれて初めて! 新しい可能性を肌で感じますね。
amazonプライムビデオに追加されました!
先日、amazonプライムビデオにdeleのドラマ全話が追加されました!
これは非常に嬉しいですね。
普段テレビドラマは見ませんが、時間を見つけて全話見たいと思います。
「dele2」の続編もすでに決定しているようで、もしかしたらメディア化の最終形態は映画化ということもあるのかもしれません……!
今後も期待の作品です!
まとめ
「dele」はメディア化先行という新しい方法で作られた小説です。
主人公のキャストが決められてから執筆を開始するという今までにないスタイルは、メディア化を前提にすると理に適っており、今後定着していくのではないでしょうか。
作家が活躍するフィールドが増えることは喜ばしいことで、出版不況や海賊版の氾濫に負けない地盤作りが進むことを心から願うばかりです。
本多孝好さんの作品は小気味の良い洒落た文章が特徴で読みやすいので、小説をあまり読まない方にもオススメですよ!