中田永一の「吉祥寺の朝日奈くん」は多様性が面白い傑作短編集!

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中田永一さんの「吉祥寺の朝日奈くん」は2011年に映画化もされた作品で、書籍では5章からなる短編集として刊行されました。

それぞれの章が異なる内容の話ですが、表題作の「吉祥寺の朝日奈くん」だけでなく、他の4作品も主役級の面白さ!

今回書評の為に読み直しましたが、すっかりのめりこんでしまいました。

内容は「ミステリー要素の強い恋愛小説」ですが、青春あり、ユーモアあり、切なさありと多種多様な物語が詰め込まれており、続きが気になる展開のため読む手が止まらなくなります!

甘酸っぱい思い出がよみがえり、漠然と「青春ってなんかいいな」という気持ちにさせてくれる、読み心地がとても良い作品です。

青春を謳歌するのに理由なんていりません。

そして、本の世界では青春を何回でも体験することができます!

今回は、そんな甘酸っぱい青春や切ない恋愛模様を味わえる「吉祥寺の朝日奈くん」のブックレビューをお届けします。

ミステリー要素の強い多種多様な短編集

「吉祥寺の朝日奈くん」は5章からなる短編集で、“ミステリー要素が強い恋愛小説”という共通項はありますがテイストがまったく異なります。

その内容は、思わず笑ってしまうユーモラスな話もあれば、切ない恋愛模様を描いた話もあり様々です。

表題作の「吉祥寺の朝日奈くん」以外の4作品は“学園もの”なので青春小説とも言える内容ですが、ここまで多様性に富んだ短編集にはなかなか巡り合えません。

中でも特徴的なあらすじをピックアップして紹介します。

「交換日記はじめました!」は、その名の通り斬新な交換日記スタイルの作品!

1章目の「交換日記はじめました!」は斬新な書かれ方をしています。

恋人同士である和泉遥(いずみはるか)と圭太(けいた)の交換日記が偶然の出来事で様々な人の手を渡り歩き、7年の歳月をかけて書き込まれた内容がそのまま小説になっています。

つまり、この話の体裁は交換日記そのもの。

途中、交換日記を盗み読みしている人や、偶然手にした人などがゲストとして現れ、思い思いの言葉を綴っていきます。

他人の日記を盗み読みしているような感覚が新鮮で面白い作品です。
ミステリー要素も強く、最後は意外な結末に……!

“恋愛小説の新しい形ここにあり”な作品です。

「うるさいおなか」は思わず笑ってしまうユーモラスな青春小説

再読して特に面白かったのは4章目の「うるさいおなか」

お腹の音が鳴ってしまうことに悩む“ハラナリスト”なる主人公の苦悩が綴られた、ユーモラスで楽しい作品です。

主人公はお腹から発せられる“鳩の鳴き声”“化け物じみた音”など、バラエティに富んだ奇天烈な音を必死で隠しながら学校生活を送る高校生の女の子。

思春期真っ只中の女子高生らしく憧れの先輩に恋もしますが、自分のお腹の音が気になって一歩踏み出せません。

そんな中、音楽作成を趣味とする同級生の男の子から声を掛けられ、お腹の音に興味を持たれます。

コンプレックスを抱えながらも必死で青春を謳歌すべく立ち回る姿が健気で、“かわいそう”ではなく“可愛らしい”と感じさせる作品です。

思わず笑わせてくれるライトな感じが、この短編集の中で箸休め的ないい役割を果たしています。

「吉祥寺の朝日奈くん」は切ない恋愛模様を描いたストーリー

表題作でもある5章目の「吉祥寺の朝日奈くん」は、愛の永続性を祈る心情の瑞々しさが胸を打つ作品。

切ない恋愛小説でありながら、しっかりとしたミステリー感を味わえるのも醍醐味です。

主人公である朝日奈(あさひな)くんは、吉祥寺の喫茶店に勤める細身で美人の店員に会いたくて通いつめます。

彼女の名前は山田真野(やまだまや)。
上から読んでも下から読んでも同じ名前の彼女は、結婚して子供もいる家庭持ち。

朝日奈くんが恋をしたのは既婚女性でした。

結婚とは契約であり、永遠に愛を誓うもの。
結婚式で神父が2人を祝福し、いつまでも残るものは「信仰と希望と愛」であり、その中で1番優れているのは「愛」だといいます。

とあるきっかけで山田真野と仲良くなることができたものの、不倫は「愛」への裏切りであり、1番優れているものに泥を塗る行為。

愛を消し去る行為をしながら、果たして2人は永遠に残る愛の存在を信じられるのか?

“消えてなくなってしまった愛”と“新しく生まれる愛”をめぐる切ないストーリーです。

各章すべてが主役級の面白さ!

短編集でよくありがちなのは、「5章の内この1章がとても良かった」というもの。

しかし、「吉祥寺の朝日奈くん」に関して言えば、各章すべてが主役級の面白さを誇ります。

あらすじは紹介しませんでしたが、残りの2作品「ラクガキをめぐる冒険」と「三角形はこわさないでおく」も甲乙つけがたいほど面白い作品です。

特に「三角形はこわさないでおく」は青春小説としての完成度が非常に高く、胸にぐっと残るものがあり、アラフォーに片足突っ込んでいる私ですが、「青春っていいな!」と改めて感じさせられました。

「ラクガキをめぐる冒険」は特にミステリー要素が強いので、恋愛小説が苦手な方にもオススメ。

どの章も面白く読み応えがあるため、お買い得な1冊です!

表現力の高さが際立つ

「吉祥寺の朝日奈くん」は、著者である中田永一さんの表現力の高さも際立つ作品です。

あえて多く使われる「ひらがな」によって物語全体が柔らかい印象を受け、改行をせずに文字を羅列した部分では心の鬱憤を感じさせます。

文章表現の仕方がよく考えられており、その表現力の高さから視覚的にも物語を楽しめるのがとても良いところ。

5章の配置や内容のバランスもいい、素晴らしい短編集です!

「中田永一」と「乙一」は同一人物!?

中田永一さんは1996年の17歳の時に「夏と花火と私の死体」でジャンプ小説・ノンフィクション大賞を受賞し電撃デビューした乙一(おついち)さんの別名義、つまり同一人物です。

乙一さんは他にも山白朝子(やましろあさこ)さんというペンネームでも小説を書いています。

同一人物だと知ったときは心から驚きました。

これだけ作風を変えて書ける才能には脱帽するとしか言う他ありません。

しかし、言われてみれば納得させられます。
1冊の短編集でこれだけ多種多様な作品が書けることがその証明です。

このペンネームの使い分けですが、当初同一人物ということは伏せられていましたが、2011年に本人のツイッターで明らかにされました。

さすが気鋭のミステリー作家である乙一さん。
ペンネームにまでミステリーが隠されているとは思いもしませんでした。

私はこの事実を知って、よりファンになったのは言うまでもありません。

中田永一さんの作品を再読したらまた違った感想を抱きそうですね。

まとめ

「吉祥寺の朝日奈くん」は、どの章も抜群に面白い短編集です。

それぞれ話のテイストが異なるため、1冊の本で様々な楽しみ方をすることができます。

中田永一さんらしいゆったりとした柔らかい文章に安心感があり、その表現力の高さにも驚かされるばかりです。

読みやすく万人受けする作風のため、普段小説をあまり読まない方にもオススメ。

恋愛小説ですが、ミステリーとして読んでも楽しめますよ。

一押しの傑作短編集です!