宮下奈都の「遠くの声に耳を澄ませて」は優しく背中を押してくれる短編集!

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今回紹介する作品は、文喫の“選書”サービスを利用して「泣ける本」をリクエストした際に選んでもらった1冊、宮下奈都(みやしたなつ)さんの「遠くの声に耳を澄ませて」です。

この作品は、“旅”をテーマに描かれた12編からなる連作短編集で、雑誌「旅」に12回に渡って連載されていました。

1編ずつ登場人物が変わりますがそれぞれに繋がりがあり、“旅”を通じて一歩踏み出していく人生の決断が描かれます。

人生の岐路に立つ人々をやさしく見守りそっと背中を押してくれる、前向きになれる作品です。

今回は、気持ちを立て直し決断を下す勇気をくれる短編集「遠くの声に耳を澄ませて」のブックレビューをお届けします。

“旅”をテーマにした12編の連作短編集

「遠くの声に耳を澄ませて」は主人公が次々と変わる短編集ですが、物語がリンクしており、登場人物が編を飛び越えて往来します。

全ての編で“旅”がテーマとなっており、人生の岐路に立つ人々が一歩踏み出す決断を下す姿を描いた勇気をくれる作品です。

過去を振り切り前進する覚悟をくれた南の島の空や、恋を静かに終わらせた北の大地の湖など、美しくも儚げな情景が目に浮かび、思わず旅をしたくなります。

一編が30ページ前後と短くすぐに読めるため、寝る前のゆったりとした時間に少しずつ読むと、気持ちが前向きになっていい夢が見れそう……!

「旅」という文学ではない雑誌に連載されていた都合上、掲載できるページ数に限りがあったと思われますが、この短さを「中途半端だ」と感じる人がいるかもしれません。

しかし、私は本編が短い以上に物語の広がりを感じることができました。
たとえば、登場人物がリンクする工夫は、読み進めるごとに繋がりを深めていきます。

物語に派手さはなく、人によっては退屈に感じるかもしれませんが、静かに心に染み渡るやさしさに満ちた短編集です。

「秋の転校生」は短編とは思えない奥行きがあり切なさが募る……!

私は12編の中で「秋の転校生」という話がとても気に入りました。

出張先で訪れた田舎の町で耳にした方言を聞いて、ふと思い出す初恋の記憶を巡る物語です。

20ページほどの作品で特に短い話ですが、すべて語られない“物語の裏側”の情景が目に浮かび、その真意に気が付くと思わず泣きそうに……。

「泣ける本」という紹介で読んだため、身構えてしまい涙は溢れませんでしたが、切なさと希望が胸に残るいい話でした。

小説は想像して楽しむことが何よりも面白いと私は考えておりますが、この短いストーリーの中に想像のきっかけとなるヒントがあって、「なるほど、そういうことか!」と物語の深みに気づきます。

わずか20ページの短編とは思えないほど、物語がページの枠を飛び越えていくような奥行きがあるのです。

昔好きだった音楽を聞いたような、苦く切ない初恋の思い出は、どこか懐かしさを感じさせ胸が温かくなりました。

定食屋や土鍋で炊く美味しいご飯が登場するので、“料理”が題材になっている小説がお好きな方にもオススメできる作品です。

やさしい気持ちと切なさが胸に染み渡ります。

やさしく背中を押され、一歩踏み出す勇気をくれる!

「遠くの声に耳を澄ませて」を読んで、1番感じたことは「やさしい小説である」ということです。

カバーイラストを初めて見た時も、どこか懐かしさを感じ、昔から知っている本のような錯覚を覚えました。

登場人物や物語、そして本そのものを身近に感じる温もりのある作品で、そっと手を差し伸べられたようにやさしく背中を押されます。

“旅”は日常とは異なる特別な時間です。
しかし、“旅人”ではない限り、人は旅に出たら必ず帰ってきます。

自分を見つめ直すきっかけとなり、少し大胆なことをすることもできて、再び日常に帰ってきた時に新たな気持ちを生み出してくれる“特別な瞬間”。

この作品は、まさにそんな“旅”のような小説です。

日常から一時的に離れることで気持ちを立て直し、一歩踏み出す勇気を与えてくれます。

文喫の“選書”サービスはオススメです!

リクエストしたテーマに沿って書店員さんが本を選んでくれる文喫の“選書”サービス。

「泣ける本」をリクエストして紹介して頂いた7冊をすべてを読み終えましたが、どの本も特徴的で魅力があり(中には合わない本もありましたが)、とても面白い体験ができました。

“選書”サービスに興味がある方は試しに利用してみることをオススメします!

どんな本が選ばれるのかを待つだけでも楽しみでワクワクしますよ。

今回紹介して頂いた「遠くの声に耳を澄ませて」は、一度も読んだことのない著者の作品だったため、自分の視点以外で選んでもらうことの有益性を感じることができました。

好きな本に出会えることは幸せですね。

sutekinayokan.hatenablog.com

まとめ

「遠くの声に耳を澄ませて」は“旅”をテーマにした12編からなる短編集です。

登場人物が編を飛び越えて往来し、読むごとに繋がりを深めていきます。

短編集としても短いわずか30ページ前後のストーリーですが、物語の先の情景が目に浮かび、その奥行きに気付くと思わず泣きそうに……。

文喫の“選書”サービスを利用して「泣ける本」として紹介して頂いたこともあり、身構えてしまい実際には涙は溢れませんでしたが、心にグッと染み渡るものがありました。

静かで盛り上がりには欠けますが、やさしく背中を押され、一歩踏み出す勇気を与えてくれる作品です。