ホラーの鬼才・朱川湊人の「花まんま」は怖くて不思議な感動作!

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先日、朱川湊人さんの「本日、サービスデー」という短編集を読んだのですが、悪趣味なホラーが不気味で正直微妙でした。

文章がとても読みやすかったにも関わらず、内容や構成が今ひとつで本領発揮されていないように感じたため、逆に他の作品が気になり読んでみることに……!

そこで手に取ったのが直木賞を受賞した「花まんま」です。

「花まんま」は6編からなる短編集ですが、共通するのはやはりそのホラー性。

ホラーと聞くと読むのを少し躊躇ってしまいますが、不思議と怖さよりも温かさを感じる作風が心地よく非常に楽しく読めました。

中には思い切り怖い話があったり、切なさがあったり、笑えたりとバラエティーに富んでおり、どの話も佳品で一編の無駄もありません!

今回は、ホラーの鬼才・朱川湊人さんが贈る短編集「花まんま」のブックレビューをお届けします。

少し怖いけど心温まる不思議な世界観

「花まんま」は昭和30年〜40年の大阪を舞台に、当時子供だった主人公たちの思い出が語られる6章からなる短編集です。

35歳の東京育ちの私には当時の情景が思い浮かびませんが、作中に登場する当時流れていたお菓子のCM「パルナスの歌」や、昭和の大阪の情景を知る方はノスタルジーな雰囲気も楽しめそう。

それぞれにホラーテイストがあり、死者や霊魂、化物などが物語の端々に登場するため、1冊の本を通じて独特な世界観があります。

さらに、部落民や在日外国人への差別問題も扱っており考えさせられる一面も……。

ホラーなので内容は少し怖いのですが読後感は決して悪くなく、感動的で温かい気持ちになれる短編集です。

どの作品も特徴的で甲乙つけがたいので、全編のあらすじを簡単に紹介します。

「トカビの夜」は在日外国人への差別問題を扱った温かい幽霊の物語

子供の頃、大阪の文化住宅という隣家と壁を共有している長屋式の賃貸住宅に住んでいた頃、トカビという幽霊を見た思い出の話。

その一帯に住んでいた子供はみんな家族のように一日中遊んでいましたが、同じ文化住宅に住む在日朝鮮人の兄弟だけは別格扱いをされていました。

自分と異なるものをむやみに低く見て、安っぽい自尊心を満足させる精神の貧しさが、まだ社会のあちこちに横溢している時代の話です。

ある日、病気がちだった在日朝鮮人の弟が亡くなり、トカビというお化けとなって現れるようになりました。

病気がちで遊ぶことができず、人種差別を受け、幽霊となって現れたトカビですが、不思議と恨めしさや怖さはありません。

後悔と寂しさが残る、温かみのある物語です。

「妖精生物」は怖すぎて逆に笑える究極のホラー

ある日、道端で怪しげな男が路上販売していたものは、水で満たされた小さな瓶に入れられた「妖精生物」という不思議な生き物。

その昔、魔法使いが作ったという不老不死の生物で、外観はクラゲのような姿をしています。

瓶の大きさに合わせて体の大きさを変える不思議な性質を持ち、餌は水に溶かした砂糖のみ。

この不思議な生き物を水の中から取り出して手の平に乗せると「ピピピ」と鳴いて、なんとも言えない甘美な快感をもたらします。

官能的な雰囲気と恐ろしい結末に驚かされますが、私は怖すぎて逆に笑えました。

妖しくて不条理でインパクトありすぎなので、1度読んだら忘れられません!

怖過ぎて笑った作品は初めてです(笑)。

思わず笑えるシュールなホラー「摩訶不思議」

酒飲みで遊び人だったおっちゃんが亡くなって葬式が執り行われることに。

おっちゃんは一緒に住む内縁の妻がいましたが、行きつけのバーのママと団子屋のお姉さんと浮気をしていました。

浮気相手の2人は身を引いて、葬式には参列せずにおっちゃんを陰ながら見送ります。

すると、葬式を終えた霊柩車は急に止まってしまい、うんともすんとも動きません。

突然止まってしまった霊柩車を動かすべく、家族や葬儀屋は試行錯誤しますが……。

遊び人のおっちゃんのわがままがシュールで笑える作品です。

「花まんま」は温かさが胸をつく感動の物語

まだ幼い妹がある日突然、母のお腹の中にいた時のことを話し出します。

それ以降、保育園を抜け出しどこかへ行こうとしたり、習ったことのない漢字を書いたりと、不思議な行動を取るように。

理由を問いただすと、妹は前世の記憶があり、自分は彦根に住んでいた21歳で殺された女性の生まれ変わりだと言います。

彦根に行って前世の家族に会いたいという妹と、どこか遠くへ行ってしまうような気配を感じ妹を失うことを恐れる兄。

しかし、妹の切実な願いを前に、前世の家族には会わないという約束で共に彦根に向かいます。

前世の家族が過ごしたその後の人生に救いはあるのでしょうか。

温かく、胸をつく感動の一編です。

言葉の力で人の生き死にを操る「送りん婆」は直木賞選考委員の一押し作品!

世の中には言霊(ことだま)という呪文があり、その言霊を唱えると雨を降らせたり、火をつけたり、水をお湯にすることができます。

便利な世の中になった今ではその言霊はほとんど忘れられてしまいましたが、“生きているものを殺す”言霊を代々受け継いできた一族がいました。

その一族の仕事は、病気などで苦しむ人を安楽の為にあの世に送ること。

この恐ろしく忌み嫌われる力を受け継ぐのは、どうしても人間として円熟した高齢者が選ばれることが多かったようで、人をあの世に送るおばさんーー送り婆さん。
それが訛って“送りん婆”となりました。

その後継に命ぜられた私はまだ8歳でしたが、送りん婆の手伝いをしながら臨終の場に立会い続けます。

人の生き死を自由にすることができる言葉の力は、果たして現代社会に必要でしょうか。

直木賞選考委員の井上ひさしさんが選評で絶賛した、ホラーとユーモアが混ざり合った一押しの作品です。

部落差別を描いた「凍蝶(いてちょう)」は友情と初恋を描いた切ない物語

部落出身の私は住んでいた地域で“要らない者”とされ、友人もできず寂しい少年時代を送っていました。

そんな小学2年生のある水曜日、1人で墓地を散策していたところ、ミワさんという18歳の女性に出会います。

私のことを故郷に残してきた弟に似ているとミワさんは言い、意気投合した2人は毎週水曜日に墓地で会うように。

自分の出身を知らないミワさんにだけ私は普通の子供として接することができ、心の隙間を埋めることができました。

少年時代の寂しい思い出の中で見つけた輝きに満ちた出会い。

友情と初恋を描いた切ない物語です。

さすが直木賞受賞作と言える完成度の高い短編集

朱川さんの作品を読むのは今回が2冊目です。

前回読んだ「本日、サービスデー」は正直微妙でしたが、今回の「花まんま」は非常に楽しめました。

sutekinayokan.hatenablog.com

朱川さんの作品に共通しているのは、そのホラー性です。

ホラー作家といえば私の中では「夏と花火と私の死体」でデビューした乙一さんや、学生時代に超ハマったサウンドノベルゲーム「かまいたちの夜」の脚本を書いた我孫子武丸さんが思い浮かびますが、本作を読んで朱川湊人さんの名前もしっかりと脳裏に焼き付きました。

「花まんま」はホラーテイストでまとまっていながら、怖い話があったり、切ない話があったり、おかしな話があったりと持ち味が違うため奥行きがあります。

さすが直木賞受賞作と言うだけのことはあり、どの編も甲乙つけがたいほど1冊を通じて完成度が高いです。

直木賞は長編小説のイメージがありますが、当作品のように長編小説に引けを取らない短編小説も受賞するのですね。

少し怖くて感動的で、心温まる不思議な世界観は、なかなか他の小説では味わえません。

妖精生物が怖過ぎて笑えた!

2編目の「妖精生物」はとんでもなく怖かったですが、ただ怖いだけでなく文学的にも楽しめる内容です。

“入れ物の大きさに合わせて体の大きさを変える”など性的なメタファーがあって、それに気付いて楽しめるのは大人だけかも。

子供が読んでもわからないと思いますが、その裏側は実に官能的です……!

人間の欲望や失望、不条理さが描かれ、妖精生物がもたらす甘美な快感に背徳感を覚えます。

しなしながら、この「妖精生物」は本当に怖いです。

手に負えなくなった妖精生物の恐ろしさがシュールで逆に笑ってしまうほどでした(笑)。

怖くて笑ったのは初めての経験です……!

インパクトが強すぎて当分忘れられそうにありません!!

まとめ

「花まんま」は全編を通じてホラーテイストですが、不思議と怖さよりも温かさを感じる短編集です。

ホラーでまとめられてはいるものの、怖い話だけでなく、切なさがあったり、笑えたりと色とりどりでバラエティーに富んでいます。

6編それぞれが特徴的で甲乙つけがたく短編集としてよくできており、前回読んだ「本日、サービスデー」と全く違った印象を受けました。

さすが直木賞受賞作と言える、朱川作品の入門にもふさわしい短編集です!