笹井宏之が紡いだ透明で切なくて優しい短歌集「えーえんとくちから」

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今回紹介するのは、26歳でこの世を去った歌人・笹井宏之さんの短歌集「えーえんとくちから」です。

普段読書をされる方でも短歌や詩に馴染みがある方はそう多くないと思います。

私自身、普段から短歌に嗜みがある訳ではなく、歌人にも詳しくありません。

では何故「えーえんとくちから」を紹介しようと考えたのかというと、この作品集で綴られる言葉たちが何年も前から私の心に深く刺さり離れないからです。

短歌にここまで心を奪われたのは、長い読書人生の中でも初めてのこと。

今回はそんな短歌集「えーえんとくちから」のブックレビューをお届けします。

心に残るやさしい短歌

「短歌」と聞くとちょっと身構えてしまう方も多いと思いますが、笹井宏之さんの紡ぐ作品は日常的でどこか優しく、それでいて力に溢れています。

説明の為にいくつか作品を紹介します。

短歌の基本は31文字(みそひともじ)の5・7・5・7・7の5句体でリズムを取ると読みやすいです。

それを踏まえて読んでみてください。

「本棚に戻されたなら本としてあらゆるゆびを待つのでしょうね」

「廃品になってはじめて本当の空を映せるのだね、テレビは」

笹井さんの短歌では、本棚やテレビといった日常的なものが出てくるので、普段短歌に慣れ親しんでいなくても自然と情景が浮かびます。

  • 立ち読みされたけど買ってもらえず、本棚に戻された本
  • ゴミ捨て場にポツンとただずんでいるブラウン管のテレビ

こうしたちょっと切ないような風景を、どこか温かく柔らかな印象へと変え、読んでいると優しい気持ちにさせてくれます。

心が震える作品も!

私が衝撃を受けた作品があります。

この短歌集の表題にもなっており、1番先頭に掲載されている作品です。
(この短歌は5・7・5・7・7の定型にはなっていません)

それがこの作品です。

「えーえんとくちからえーえんとくちから永遠解く力を下さい」

訳がわからないと思う方もいるかもしれませんが、この短歌を初めて読んだ時、心が震えました

もはや自分の力ではどうにもできず「永遠解く力を下さい」と心の中で何度も呟いた情景が思い浮かび、自分自身の心境とぴったりと重なったのです。

永遠とは自分の意思に関わらず一生続くものだと思い込んでいました。

しかし、この短歌を読んで“永遠を解く”とはどういうことかを考えたとき、「永遠解く力」は「自分の思い込みをはねのける力」だと私は解釈しました。

未来永劫変わらずにあり続けるものなど世の中にはひとつも存在しないことを考えると、私にとって「永遠」とは自分自身が作り出した「幻想」もしくは「思い込み」でしかないということです。

前向きに生きていくきっかけに!

私は“ずっと”後悔していたことがありました。

後悔というのは、恥ずかしい話ですが失恋にまつわる若気の至りで、好きだった人をどうしても忘れることができませんでした。
ちょっとつらい別れ方をしてしまったんですよね。

断ち切れない思いは永遠に続いてしまうような恐ろしさを感じます。

その為、「永遠解く力」は前向きに生きていくために必要です。

長らく引きずっていましたが、この短歌に出会ったとき「永遠解く力を私も欲しい」と強く願い、そう思うことでその力を得るきっかけを掴みました。

「えーえんとくちから」が放つ言葉には、力が自然と体から湧いてくるようなエネルギーがあり、背中を押されたことを今でも覚えています。

別れの歌が切なくて離れない

当時、滅多に呟いていなかった私のツイッターにこんなつぶやきがありました。

この作品集には300近くの短歌が掲載されているのですが、私の場合は「別れの歌」ばかりが目についてしまいます。

別れの歌はごく一部しか載っていないのに、不思議ですね。

いくつか作品を紹介しましたが、他にも魅力的な短歌が沢山掲載されています。

笹井さんの作品は、透明感があって、切なさと優しさが心地よいものばかりです。

才能とカリスマ性を感じずにはいられない!

著者である笹井宏之さんは26歳という若さでこの世を去りました。

幼い頃から持病を抱え、長い間自宅で療養しながら短歌を詠む生活を送っていましたが、2009年にインフルエンザによる心臓マヒで突然還らぬ人となりました。

私が笹井さんの作品に出会ったのは亡くなってから2年後のことです。

26歳という若さでこれほどの作品を生み出し、没後も私のようにファンを増やし続けるその才能とカリスマ性には驚嘆します。

笹井さんは短歌界からも評価されいくつかの賞を受賞し、NHKのドキュメンタリーにも取り上げれ反響を呼びました。

しかし、私は後から知ったそのような栄冠に惹かれたのではなく、短歌のひとつひとつに感銘を受け好きになったのです。

「えーえんとくちから」は、笹井さんの没後2010年に刊行されました。

この作品集を刊行したのは本人の意志ではなく「笹井宏之さんの素晴らしい作品を世界に広めたい」という周りの人の思いが形となったもの。

笹井さんの短歌だけでなく、その思いにも共感するばかりです。

今も残る笹井宏之氏のブログ「些細」と「sasa-note」

笹井さんが運営していた「些細」というブログが今でも残っています。

ご家族の方が続けているのか現在でも更新があり、短歌や詩もたくさん掲載されています。

笹井さんは短歌の他にもピアノが好きで、楽曲の創作もおり、その多才さには驚かされるばかりです。

ブログには、写真と共に短歌集に載っている作品もたくさん掲載されていますので、興味がある方は是非訪ねてみて下さい。

sasa-noteの楽曲もかなり凄くて引き込まれますよ。

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「えーえんとくちから」は絶版のため、中古でのみ購入可能

「えーえんとくちから」は絶版となっており、本屋で買うことはできません。
(ちなみに出版社はパルコ出版です)

短歌や詩集は古本屋でも取り扱いが少ないため、根気よく探してもなかなか見つからないことも……。

もし手に入れたい場合は、Amazonや楽天と提携している古本屋で購入するのが確実です。

インターネットのおかげで絶版の本を探すのにも便利な時代となりました。

ちなみに定価は1,600円ですが、プレミアムがついており2,000円〜3,000円位が相場です。

2019年1月9日に文庫化!

今まで古本でしか購入できなかった「えーえんとくちから」ですが、なんと文庫化されて再び手に入るようになりました!

これは嬉しいですね。文庫化してくれたちくま文庫さんありがとうございます!
私は絶版を持っていますが、嬉しさのあまり文庫版も買いました!

手に入りやすくなったので、より一層オススメな作品です。

まとめ

「えーえんとくちから」は短歌や詩に興味がない方にもオススメの作品集です。

普段馴染みのない短歌でも、笹井宏之さんの言葉はとても身近に感じることができます。

ブログには、笹井宏之さんが遺したたくさんの短歌が載っていますので、興味を持った方はまずはブログからチェックしてみて下さい。

今回は「短歌集」という少し変化球の本を紹介しました。

私がこの本に出会ったのは当時付き合っていた人に勧められたからですが、それまでは短歌に触れたことは全くありませんでした。

それにもかかわらず、「えーえんとくちから」に出会って何年も経ちますが、いまだに思い出してはふと読みたくなります。

心の中でそっと寄り添ってくれるような、優しい言葉であふれた作品集です。